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長崎家庭裁判所 昭和45年(家)278号 審判

申立人 村山ツネ(仮名)

相手方 藤本タツノ(仮名) 外四名

被相続 亡藤本源造(仮名)

主文

被相続人亡藤本源造の遺産を次のとおり分割する。

一  別紙第二目録〈省略〉一記載の各不動産を相手方藤本健、同藤本ハルコ、同山本和子、同武田サキの持分各四分の一の割合による共有取得とする。

二  同目録〈省略〉二記載の清算金を四分し、相手方藤本健、同藤本ハルコ、同山本和子、同武田サキがそれぞれその一を取得する。

三  同目録〈省略〉三記載の金員を相手方藤本タツノが取得する。

四  相手方藤本健、同藤本ハルコ、同山本和子、同武田サキは、それぞれ、(イ)申立人村山ツネに対し金三九七万九、九〇七円、(ロ)相手方タツノに対し金二八八万六、〇五八円およびこれら各支払金に対する本審判確定の日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

五  鑑定費用金八万円を一五分し、相手方藤本タツノがその五、申立人村山ツネ、相手方藤本健、同藤本ハルコ、同山本和子、同武田サキがそれぞれその二を負担する。

理由

当裁判所は、本件記録及び当庁昭和四五年(家イ)第七五号遺産分割調停事件記録にあらわれている各資料(各当事者本人尋問の結果、証人の証言等を含む。)に依り以下摘示の各事実を認定し、その他諸般の事情を考慮して、次のとおり判断する。

一  相続人と相続分

被相続人藤本源造は昭和三七年二月六日長崎市○○町において死亡し、同日その相続が開始した。

その相続人は、被相続人と先妻村山ヤスヨとの間に出生した嫡出子である申立人、被相続人の後妻である相手方藤本タツノ、被相続人と後妻との間に出生した嫡出子である相手方藤本健、同藤本ハルコ、同山本和子、同武田サキの合計六名であり、被相続人が遺言をしたことが認められないので、相続人らの相続分は法定どおりのものであつて、相手方タツノは被相続人の配偶者として三分の一、その余の五名はいずれも被相続人の嫡出子として三分の二の五分の一、即ち各一五分の二である。

二  遺産の範囲及び評価額

相続開始当時、被相続人所有名義の別紙第一の不動産目録〈省略〉番号1ないし17記載の各不動産が存在していた。

ところが、同目録番号9ないし16の各宅地及び同番号17の家屋につき昭和三七年九月三日相続を登記原因として相手方タツノ単独所有名義に各所有権移転登記をし、そのご同タツノは、同目録番号16の宅地及び同17の家屋を同四一年五月三〇日株式会社××××に代金一、二〇〇万円で、次いで同目録番号9ないし15の各宅地を同四四年六月一〇日○○○○株式会社に代金一億三、六五〇万四、二〇〇円でそれぞれ売り渡し、いずれもその頃各買主に所有権移転登記手続を了していたところ、同タツノの右売買行為をその余の相続人すべてが追認しており、従つて相続人全員の合意により遺産の分割方法として換価処分がなされたのと同一視できるので、その代金は共同相続人間の衡平のためにも遺産に準ずべきものとして分割の対象とする。

ただし、○○○○株式会社に売却した不動産(同目録〈省略〉番号9ないし15)はその後土地区画整理法に基づく換地処分がなされ、その清算金精算額として徴収される金額が八五万二、一二〇円となるところ、同タツノと同社との不動産売買契約書第一二条によると売主である同タツノが右徴収金を負担する取決めになつているので、前記売却代金一億三、六五〇万四、二〇〇円から換地処分に伴う徴収金八五万二、一二〇円を控除すべきであつて、その残金一億三、五六五万二、〇八〇円をもつて遺産に準ずべきものとする。

なおまた、同目録〈省略〉番号1ないし8の不動産は土地区画整理法に基づき昭和四九年九月二日換地処分(同月六日公告)により別紙第二遺産目録〈省略〉の一に記載した不動産のとおり換地されて、その旨登記も完了しているので、これらを分割の対象とすることとし、その評価価格をみるに、同五一年七月一五日現在同第二遺産目録〈省略〉の一に記載した不動産の各番号に対応する評価額欄に記載したとおりであつてその評価額(借地権価額を差引いた底地価額)は合計九、〇七八万一、六四〇円であり、前記換地処分にともなう清算金(交付額より徴収額を控除した残額)は三六万七五〇円である。

以上、財産の総額は二億三、八七九万四、四七〇円となることは計数上明らかである。

ところで、被相続人は、申立人の母村山ヤスヨと大正六年一月協議離婚したのち、相手方タツノと大正八年一月婚姻し、その後自己の財産と同タツノの持参金を元手にして△△を開業し、夫婦ともども働いて儲けた収益金と営業財産を処分して得た売得金によつて、昭和九年から同一三年にかけて本件遺産を含む多くの不動産を購入取得し、これらを賃貸してそれから生じた収益によつて生計を営んでいたものであるが、移転登記手続を他人に依頼したところ、すべての不動産につき、被相続人の単独所有名義で登記されるに至つたことが認められる。右事実によれば、別紙第一目録〈省略〉記載の不動産が登記上被相続人単独所有名義になつているばかりでなく、相手方タツノが長年月にわたり異議を申出ていないことから推して、同不動産の共有持分権を同タツノから被相続人に贈与したと解する考え方もあるけれども、同タツノの被相続人に対する顕著な経済的協力、財産造成の資金的貢献度その他諸般の事情をあわせ考えると、同不動産は実質上同タツノと被相続人の共有であつて、その共有持分は民法二五〇条の趣旨を参酌して二分の一と認めるのが相当である。

従つて、本来は別紙第一目録〈省略〉記載の各不動産につき、相手方タツノはそれぞれ二分の一の共有持分を有しているのであるから、個々の不動産に対する同タツノの共有持分二分の一を、各不動産の遺産部分と分離して分割の対象から除外すべきであるが、右の方法によるときは、同タツノが前記のとおり同目録番号9ないし17の各不動産を第三者に売却処分したこともあつて、徒らに分割を複雑困難にするに過ぎないし、また、同タツノが売却不動産を自己の固有財産と主張し、その余の不動産につき共有持分権を主張しないことは、実質上売却不動産の遺産部分とその余の不動産に対する同タツノの固有財産部分との交換の申出の性質を有するものと解されるから、このような場合、必ずしも、各不動産につき固有財産たる共有部分を現実に除くことなく、遺産の公平な総合的再分配のためにも、財産全体の価値を総合的に評価し計算上総額の二分の一をもつて同タツノの固有財産と認めるのが相当である。

そうすると財産全体の総額が二億三、八七九万四、四七〇円であるところ、その二分の一に当る一億一、九三九万七、二三五円を同タツノの固有財産たる共有持分額として遺産の範囲から除外すべきであるから、同タツノが既に単独取得しているところの不動産売却代金をもつてこれにあてることとし、右代金合計一億四、七六五万二、〇八〇円から右共有持分額一億一、九三九万七、二三五円を控除した残額二、八二五万四、八四五円が本件遺産分割の対象となる(なお、横浜家庭裁判所川崎支部調査官土岐正直作成の昭和四七年五月一八日付調査報告書によると、同月一六日現在、同タツノが現金七、〇〇〇万円を保有していたことが明らかなところ、事業投資等特段の事情の認められない本件において、同人が病弱で多額の療養費を要したとしても、通常一般の生活水準に照らし、現時点において少くとも同額以上の金員が現存しているものと推認できるので分割の対象とすべきである。)。

以上、被相続人の遺産(遺産そのものではないが、それに準ずべきものであるので、以下単に遺産という。)として分割の対象となるのは別紙第二目録〈省略〉記載のとおりであつて、その総額は一億一、九三九万七、二三五円となる。

三  各相続人の相続分額

本件分割の対象となる遺産の総額は一億一、九三九万七、二三五円であるので、これに各相続人の具体的相続分、即ち相手方タツノにつき三分の一、その余の相続人につき一五分の二の割合をそれぞれ乗ずると、同タツノの相続分額は三、九七九万九、〇七八円(円未満切捨)その余の相続人の相続分額は一、五九一万九、六三一円(円未満切捨)となる。

なお、申立人はもとより相手方らにおいても具体的相続分算定にあたりとりたてて考慮を要すべき生前贈与等特別受益を被相続人から受けた事実を認めることができない。

四  遺産の分割

前判示のとおり、別紙第一目録〈省略〉記載の不動産はすべて被相続人と相手方タツノとの協力により造成された財産であるばかりでなく、申立人は、ひと誕生を過ぎたばかりの大正七年三月一三日、村山新次郎、同サト夫婦の養子となつて、それ以来被相続人と生活を共にしたことはなく、それにひきかえて、相手方らは被相続人と長年にわたり一体的家族共同生活を営み苦楽をともにしてきたものであるから、一般的にみても、申立人より相手方らに遺産たる不動産を取得させる方がより相当と認められるし、それに相手方らが換地後も引続き本件不動産を管理していることを併せ考えると、相手方らに同第二目録〈省略〉記載の不動産及びこれに伴う清算金を取得させるのが相当であるといわざるをえない。

ところで、相手方らは昭和四四年一〇月ころ、前記不動産売却代金を相手方タツノが単独取得する代りに、それ以外の不動産につき同タツノを除くその余の相手方らが共同取得することとし、事実上分割の協議をし、これに基づき管理収益していることが認められ、しかも一一名の借地人がいて地上建物の宅地使用関係が複雑であるので、殊更職権をもつて細分することは相当でなく、むしろ右協議を尊重し、現に管理している者らの自主的、弾力的処理に委ねることとし、同タツノを除くその余の相手方四名に同第二目録〈省略〉記載の不動産全部(評価額合計九、〇七八万一、六四〇円)を各自持分四分の一の割合により共有で取得させると共に、同目録〈省略〉二の換地処分に伴う清算金三六万七五〇円も右相手方四名にその四分の一宛取得させ、同タツノには同第二目録〈省略〉三の不動産売却代金二、八二五万四、八四五円を取得させるのが相当であると判断する。

そうすると、同タツノの相続分額は三、九七九万九、〇七八円であるから同人の取得すべき二、八二五万四、八四五円を差引くと一一五四万四、二三三円の不足を生じ、申立人は相続分額一、五九一万九、六三一円全額の不足を生ずるのに対し、相手方タツノを除くその余の相手方四名の相続分額は合計六、三六七万八、五二四円であるから、同四名において同不動産及び清算金(合計価額九、一一四万二、三九〇円)を取得すると、二、七四六万三、八六六円(一人当り六八六万五、九六六円)の超過を生ずることになる。してみれば、相手方健、同ハルコ、同和子、同サキは、同不動産等を取得する代償として、申立人及び同タツノの各不足分に対し各自四分の一宛の債務を負担すべきであるから、それぞれ、申立人に対し金三九七万九、九〇七円(円未満切捨)相手方タツノに対し金二八八万六、〇五八円(円未満切捨)を支払うべきであり、かつ、これら各支払金に対する本審判確定の日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるといわなければならない。

なお、審判費用のうち鑑定費用八万円については、家事審判法七条、非訟事件手続法二七条、二八条を適用して、本件当事者の相続分に応じ、相手方タツノが一五分の五、その余の当事者らが各一五分の二の割合で負担すべきものと定める。

なお、遺産分割にあたつて問題となる点につき付言するに、遺産からの収益、遺産の管理費等は遺産分割の際に必ず考慮しなければならないものではなく、また相続人らも本件における清算方を特に主張しているものでもないのみならず、相続開始後一四年余も経つており、収益、管理費のすべての収支関係を明確にするには、なお相当の期間を要するばかりでなく、現時点では困難な状況にあるので、相続人相互間において調整清算をするのが相当と考えられる。次に、被相続人の負債、葬式費用は、各相続人がその相続分に応じ当然分割承継して負担すべきものであつて、本来遺産分割の対象となるものではないし、また、相続人の一人が他の相続人らに代つて相続債務等を立替支出したときは、他の相続人に対し求償権を有すること明らかであるが、それは共同相続人間の債権債務関係であるから、原則として、分割の対象から除外し、共同相続人間の清算の問題として別途の解決に委ねるのが相当である。特に本件において相続人らがその清算方を主張しているものでもなく、また、相続債務につき、債務自体の特定もなく、金額も不明確であるので判断の限りでない。

五  持分放棄の主張について

相手方らは、申立人が昭和四四年一二月一八日持分を放棄した旨主張する。

なるほど、主張の日に相手方タツノがその余の相手方らを代理して申立人と面談し、持分放棄の代償として金三〇万円を申立人に手交し、申立人から登記手続に必要な諸書類とともに「藤本源造の財産には今後一際違儀を申しません。」(原文のまま)と記載した書面を受領したことが認められる。しかしながら、申立人の右持分放棄の意思表示は相手方タツノの欺罔行為により申立人が錯誤に陥つてなしたものである。すなわち、同タツノは莫大な遺産があるにもかかわらず、申立人に対し、これを秘し、「被相続人が七、八年病床に伏していたこともあつて、どうにか生活を維持することはできるが、とりたてて遺産という程のものはない。」趣旨のことを申し述べ、申立人に遺産はないものと誤信せしめたものであつて、相手方タツノの行為は申立人の不知を利用した事実隠蔽による欺罔行為に該当することはいうまでもなく、それによつて申立人が錯誤に陥り、その錯誤により相手方タツノの欲するような意思表示をするに至つたものであるから、取消しの対象となるというべきところ、その後、再三にわたり相手方らが、相続登記手続をするため、「相続分なきことの申述書」に申立人の押印を求めて来訪したのに対し、申立人は翌一九日被相続人の弟藤本勝利から真実を聞知して始めて欺かれたことに気付き、押印を拒絶するに至つたものであつて、これは右意思表示を取消す意思表示と解すべきであるから、申立人の持分放棄はその効力を生ずるに由なきものというべきである。(なお、申立人は受領した金三〇万円を不当利得の法理により相手方タツノに返還すべきものである。)

以上の理由により、主文のとおり審判する。

(家事審判官 山田勇)

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